静岡地方裁判所 昭和40年(わ)369号 判決 1966年4月19日
被告人 長谷川一郎
主文
被告人を別紙犯罪一覧表1の罪につき、懲役四月に、同一覧表2ないし6の各罪につき、懲役一年二月に処する。
但し、本裁判の確定した日より三年間右各刑の執行を猶予する。
訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は昭和三十七年十一月頃より静岡市黒金町一番地静岡郵便局に郵便課速達係として勤務し郵便内務事務に従事していたものであるが、別紙犯罪一覧表記載のとおり昭和三十九年十月二十二日より同四十年九月十日までの間、六回に亘り右静岡郵便局内において静岡郵便局長河合勉管理に係る第一種普通速達通常郵便物六通(在中現金合計三万五千円)を窃取したものである。
(証拠の標目)<省略>
(確定裁判)
被告人は昭和三九年一二月一〇日静岡簡易裁判所で道路交通法違反により罰金三、〇〇〇円に処せられ、右の裁判は同年同月二五日確定したもので、右事実は被告人の前科調書により明らかである。
(法令の適用)
被告人の判示各所為はいずれも刑法第二三五条(但し、犯罪一覧表3、4は包括一罪)に該当するところ、同表1の罪は前示確定裁判を経た罪と同法第四五条後段の併合罪であるので同法第五〇条により未だ裁判を経ない右の罪につき、更に処断すべく、その所定刑期の範囲内で右1の罪につき被告人を懲役四月に処し、同表2ないし6の各罪は同法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条本文、第一〇条により犯情の最も重い同表2の罪の刑に法定の加重を施しその刑期の範囲内で同表2ないし6の各罪につき被告人を懲役一年二月に処し、情状に照し、同法第二五条第一項により本裁判の確定した日より三年間右各刑の執行を猶予し、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文に則り全部これを被告人に負担させることとする。
(犯罪一覧表3ないし6の事実の窃盗罪の成否について)
前掲各証拠によれば次のとおり認められる。
右各事実に関する各被害郵便物は、司法警察員たる郵政監察官が静岡郵便局における、普通速達通常郵便物を取扱う同局速達係員による現金在中の右郵便物の窃盗被疑事件につき、アントラセン粉末を塗抹した一〇〇円紙幣二枚ないし三枚(名古屋郵政監察局静岡支局長保管の公金)を通信文と共に封入しいづれも予め了解を得た受取人及び差出人の名義を用いて、一般の普通速達通常郵便物として郵送を託したもので、情を知らない取扱局たる静岡局の速達係局員がこれを開披し在中金を抜き盗つた場合、犯人の所持品等に付着したアントラセン粉末を紫外線照射器により検出し、よつて犯人を検挙することを目的としたものであり、この種犯人検挙のため、このようないわゆるテスト郵便の方法を用いることは郵政監察当局の承認するところである。
従つて右のごとき郵便物の真実の差出人たる郵政監察官は、犯人の検挙のため右郵便物を取扱う速達係局員がこれを開披し在中金を抜き盗り所持品等にアントラセン粉末を付着させることを希望し、少くとも肯定ないし容認していたものと一応認められるので、いわゆる被害者の承諾の問題が生ずるのである。
しかしながら、右郵便物を開披し在中金を抜き盗るすべての場合に常に必ず被害者の承諾があつたとするのは捜査官たる被害者の承諾というごとき、捜査官の自己矛盾ともいうべき場合であることから、郵政監察官の真意に副うとはいい難いとはいえ、なお、その承諾は速達係局員が右郵便物の取扱中に窃盗の目的でこれを開披し在中金を抜き盗る態様、即ち真実の差出人たる郵政監察官(ないし郵政監察当局)の在中金に対する占有並びに所有を侵す場合に及ぶものと解せざるを得ないけれども(但し、この場合通常未遂犯の成立を肯認し得る)、本件におけるように、速達係局員たる被告人が右郵便物を取扱中在中金を含む右郵便物を窃取した後、同局内で該郵便物を開披し在中金を抜きとる態様、即ち、
右便郵物に対する取扱郵便局長の保管の侵害を伴う、在中金を含む右郵便物の窃取の場合については、たとえ、事後においてその郵便物を開披し在中金を抜きとつたとしても、郵政監察官の承諾はないものと認めなければならない。それ故、本件において前記各被害郵便物がいわゆるテスト郵便物であることは窃盗罪の成立に影響を及ぼすことはないといわなければならない。
(一部無罪について)
本件公訴事実中郵便法違反(同法第七七条該当)の訴因は被告人が犯罪一覧表犯罪日時欄記載の日時、判示静岡郵便局内において郵政省取扱にかかる同表記載の第一種普通速達通常郵便物(合計六通)を正当の理由なく開披したというのであるところ、前掲各証拠によれば、被告人は同局速達係事務室において、右各郵便物を取扱中窃盗の目的でこれを事務服ポヶツトに隠匿して窃取したうえ、その後三〇分位から二時間位して約五米離れた同局内大便所に赴き同所で在中金を抜きとるため右各郵便物を開披したものであるが、右開披に先だち既に在中金を含む郵便物につき、窃盗罪の成立があるので、毀棄罪の性質を有する右郵便法違反の罪は右窃盗罪の事後処分として成立するに由ないものといわなければならない。
もつとも、被告人は右各郵便物を取扱中、金員が在中すれば後刻これを開披して在中金を抜き盗る目的で該郵便物をポヶツトに隠匿する意思の下に、在中金の有無を確めるため右郵便物の外側を触つたり或は右郵便物の一端を僅かに裂いたりしたとしても(後の事実は認められない)、これらの所為は窃盗罪の実行の着手となりえても被告人の意図、これらの所為と開披との時間的、場所的関係等に徴し、未だ右郵便物開披罪の予備に止り、検察官所論のごとく、同罪の実行の着手をもつて論ずることはできない。それ故右郵便法違反の訴因は犯罪の証明がないから無罪であるが、判示有罪を認めた各窃盗の訴因と一所為数法の関係に在るものとして起訴されたものと認められるので、この点につき、被告人に対し特に無罪の言渡はしない。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 岡本二郎)
犯罪一覧表<省略>